パーク・ライフ~芥川賞受賞作
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パーク・ライフ (文春文庫)
著者:吉田 修一 |
芥川受賞作でしかも短いってことで手にとってみた。
この本のどこらへんが受賞に繋がったのかなぁ、て感じです。
まぁそもそも自分は芥川賞受賞作品はほとんど読まないので、どんな作品が対象になってるのかすら知りませんけど。
調べると対象は純文学か。
一方で直木賞は大衆小説。
そう考えると自分には芥川賞の作品は理解できなくても仕方ないか・・・・・(あきらめ)。
以下芥川賞選考委員の選評を抜粋。
高樹のぶ子
受賞作『パーク・ライフ』には無理がない。意図的に力を加えたり主張したり整えたりする作意が見えない。(中略)それにしてもこの透明な気配はどこから
来るのかと考え、若い主人公の周辺に性の煙霧が無いせいだと気付いた。性欲が無ければ、遠近のバランスや歪みや濃淡が消えて、文学はかくも見晴らしが良く
なるのだ。
黒井千次
作品の表題と内容とが美事に重なり合った吉田修一氏の「パーク・ライフ」には、他の候補作に擢んでる完成度が見られた。ファミリーライフでもスクールラ
イフでもなく、ビジネスライフからも外れた短い時間を過す日比谷公園での主人公〈ぼく〉と一人の女性との触れ合いが、とりとめもなく、しかし執拗に描かれ
て、いわばライフのない場所での現代のライフの光景が鮮やかに浮かび上っている。
河野多恵子
「パーク・ライフ」の完成度はきわめて高い。しかも完成度を見せると同時に強みの後退するのはよくあることなのに、この作品には一層の強さと張りが見られ
て、喜ばしい。年齢そのものの意味ではなく作中人物も作者もあまりにも幼稚な作品の多い今日だが、この受賞作ではどちらも確かな大人である。
宮本輝
公園というところはなかなか恐しい場所である。人間社会の縮図を超えた何かが、さりげなく生起していて、それは一見事も無くといった気味悪さで過ぎ去っ
ていく。だからこそ「パーク・ライフ」に私は「ひとつのドラマ性」が欲しかった。吉田氏はあえて淡彩すぎる描き方をしたのであろうし、その意図は成功した
ようであるが、私はそこのところで、作者が力技から逃げたというふうに感じた。
古井由吉
――あ、いや。なんていうか、ベンチに座ってるとき、俺、何を見てるように見えるのかと思って……。
受賞作「パーク・ライフ」の中から聞こえる《主人公》の声である。質問である。(俺は)何を見ているように、見える? ということになるはずだ。しかし、かと思って……が付いて、問いはすでに流れかけている。早々に撤回中である。
石原慎太郎
当選となった吉田修一氏の「パーク・ライフ」は、日比谷公園という大都会の共通空間の中に棲息する多様な人間たち、それぞれ勝手に生きてはいるが、実は
それぞれ孤独でむしろパッシブな生き方をしている人間たちを一応巧みに描き出してはいるが、なぜかどこか希薄な印象を否めない。(中略)しょせん擦れちが
いの場でしかない大都会の公園における群像というのは洒落た設定なのに、その切り口が十全には生かされていない。
三浦哲郎
今回も下半期につづいて体具合が思わしくなく選考会にも出られなかったが、自分の感想は書面で伝えた。今回は吉田修一氏の『パーク・ライフ』にいたく感
心したので、躊躇なくこれを推した。ちかごろは、この『パーク・フイフ』のように隅々にまで小説の旨味が詰まっている作品に出会うことがむつかしくなっ
た。元来小説というものがすべてそうであるべきなのに。
村上龍
吉田氏の作品は「何かが常に始まろうとしているが、まだ何も始まっていない」という、現代に特有の居心地の悪さと、不気味なユーモアと、ほんのわずかな、あるのかどうかさえはっきりしない希望のようなものを獲得することに成功している。
池沢夏樹
『パーク・ライフ』をぼくはまったく評価できなかった。現代風俗のスケッチとしても、もう少し何か核になる話があってもよかったのではないか。現代の東京
の人間はこれくらい希薄な生きかたをしていると言いたいのかもしれないが、そんなことはわざわざ小説に書かなくともわかっている。
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